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学童保育の歴史と現状(4)
6.国の学童保育施策をめぐる動き

少子化対策、仕事と子育ての両立支援策と学童保育

政府はこれまで、1994年から3度にわたって少子化対策プランを策定し、二つの法律をつくり、少子化対策を推進してきました。しかし、その効果はなく、日本はついに人口減少国となり、2006年の合計特殊出生率は1.32となり若干前年度より上昇したものの、少子高齢化は急激に進んでいます。
2007年10月には学童保育ガイドラインを発表しました。「望ましい」という形のガイドラインですが、厚生労働省は毎年行っている調査にガイドラインの項目を入れていくことを明らかにすると共に、子ども未来財団のホームページの中の「i−子育てネット(厚労省からの委託/全国の学童保育所が検索できる仕組みのもの)」で、ガイドラインに沿った学童保育所ごとの情報が掲載されることも明らかにしました。
2007年12月には、総合的な少子化対策である「重点戦略」を実現することが大きな課題として位置付けられ、ワーク・ライフ・バランスと少子化対策を「車の両輪」として推進していくことを説明しています。その中には、学童保育の利用児童を2012年までに今の倍にする目標が定められました。また、厚生労働大臣と内閣府少子化対策特命大臣は、2008年2月27日、「新待機児童ゼロ作戦」を推進していくと発表しました。「新待機児童ゼロ作戦」では、学童保育の利用児童数を10年間で現在の3倍の213万人とするとしています。
国は量的な拡充に力を入れながら、質転換を徐々に進めています。しかし、政府が本気で少子化対策をすすめようとするならば、学童保育が廃止されるような「全児童対策事業との一体化」を容認するのではなく、保育所や学童保育に国の予算を抜本的に改善するくらいの大きな財政措置を行い、公的な責任で量的・質的に抜本的に拡充させることを求めていきましょう。
2005年〜2008年、国会の青少年問題特別委員会での長時間論議や放課後子どもプラン提案、実施、新待機時ゼロ作戦と学童保育施策を取り巻く状況はめまぐるしく変っています。国の補助要綱や単価も大幅な変更があり、各市町村への通知が新年度予算策定に間に合わず、国の思惑通り実施されない状況も現れています。せっかく増額されたしょうがい児対応指導員への補助単価も、1年遅れの対応になったり、特に、2010年度までの71名以上の大規模施設の分離分割に関しては、県は議会答弁で「申請があれば全て予算化する」と回答し、各市町村へ呼びかけを行っているものの、東海市では早々に市単費で大規模のまま継続する事を表明するなど、各市町村からの反応は芳しくありません。
各市町村では、国制度による他の福祉予算も膨らみ続け、明確な基準を持たない学童保育事業の予算枠が安易に削減されたり、保護者負担へ転嫁されたりしています。人数の分散を目的に、教育委員会所管で予算化が可能な放課後子ども教室の計画や実施も始まっています。県はそのような状況を打開すべく、担当者向けに「放課後子どもプランとガイドライン」という内容で学童保育の研修会を企画しました。私たちはこのような県の担当課の姿勢を評価し、さらに、私たちが望む学童保育を実現するには、県や各市町村に対し基準が必要と要望し続ける必要があります。

<おわり>

名古屋市学童保育連絡協議会資料より抜粋
| 学童保育の歴史と現状 | 00:31 | comments(0) | trackbacks(0) |
学童保育の歴史と現状(3)
5.「(余裕教室を利用した)全児童対策事業」、「放課後子どもプラン」の動き

(1) 自治体独自の「(余裕教室を利用した)全児童対策事業」の動き

ここ数年、いくつかの自治体では、学童保育への要求の高まりと地域の子どもの安全な遊び場づくりの要望に対して、学童保育を拡充していくのではなく「(余裕教室を利用した)全児童対策事業」で乗りきろうという考えや動きが広がっています。背景には、自治体の人件費等の経費削減、類似事業の統廃合、費用のかからない余裕教室の有効活用など地方行革の動きがあります。また、学童保育の固有の役割に対する理解のなさからくる、国や自治体の制度が不十分なことも影響しています。
一体化の形態としては、川崎市と品川区のように留守家庭児童も対象とした「(余裕教室を利用した)全児童対策事業」を推進することで、学童保育施策を廃止したものや、江戸川区のすくすくスクールや豊島区の子どもスキップなどのように、学童保育は残したとされているものの、専用施設・専任指導員が配置されないなど、学童保育の役割が果たせない施策となっているものです。こうした自治体には、他の自治体や議員の視察なども頻繁に行われており、現在はまだ検討していなくても、今後検討される可能性もあります。
現在、学童保育とは別に「(余裕教室を利用した)全児童対策事業」や「放課後子ども教室推進事業」を実施している地域でも、「一体化」を検討しているところもあります。一方、大阪・守口市のように学童保育を廃止して「(余裕教室を利用した)全児童対策事業」である事業を発足させましたが、変更させ学童保育の存続の粘り強い運動で、これまでの施設、指導員の確保をさせた地域もあります。

(2) 文部科学省の「地域子ども教室推進事業」そして「放課後子ども教室推進事業」

文部科学省は、2004年度から2006年度までの3年間限定の予算で「地域子ども教室推進事業」を実施しました。そして2007年度より「放課後子どもプラン」のなかで「放課後子ども教室推進事業」を1万か所実施を予定しましたが、結果は約6200カ所の実施でした。元々「地域子ども教室推進事業」は、「週1回実施」が全体の65%で、一回の事業が2〜3時間で参加者が30人程度という事業だったこともあり、「放課後子ども教室推進事業」のハードルを年度途中で低くしましたが、1万カ所は達成できませんでした。
愛知県内は、63市町村中28市町村の実施にとどまっていますが、名古屋市ではトワイライトスクールを「放課後子ども教室推進事業」としました。
学童保育と「放課後子ども教室推進事業」との関係について、文部科学省も「学童保育と役割が違う」と説明し、「学童保育を利用している子どもが不利益を被らないよう配慮すること」と通知を出しているものの、各市町村レベルでは学童保育の縮小・廃止につながらないか危惧されています。

(3)「全児童対策事業」との一体化は歴史に逆行する動き

政府は長い間、留守家庭児童対策は学童保育という固有の制度や施設でなくても、児童館事業や子ども会活動、校庭開放事業などで可能だという考えでした。しかし、働く親たちは「学童保育でなければ安心して預けられない。安心して働けない。」と、学童保育の制度化、設置、拡充を求めてきたことにより、学童保育も着実に増えていきました。その結果、1997年に政府は大きな政策転換を行い、学童保育を法制化しました。つまり、児童館などの「すべての児童を対象とした遊び場提供」では、働く親を持つ子どもたちの放課後・長期休業中の継続した生活は守れないということ、「全児童対策事業」との一体化では学童保育の役割は果たせないということは、政府自身の方針でも示され、歴史的にも実証済みです。
こうした歴史の事実に照らしてみれば、川崎市や品川区がおこなった学童保育の廃止による「全児童対策事業(余裕教室を利用した)」の一体化や、今回のプランの枠組みである「学童保育と放課後子ども教室事業の一体的」な展開は、学童保育の発展の歴史とも働く親たちの願いとも相反する動きです。
保護者の就労(学生なども含む)とその子どもたちの生活を保障する学童保育と、すべての児童を対象にした遊び場・居場所提供(最近では学びの場も加わっています)の放課後対策では、目的・役割は明らかに異なります。そして、今日の必要性が高まっている、子どもたちが地域で安全に遊べる環境や子どもの居場所づくりも拡充が必要です。それは、現状の「全児童対策事業」のように安易に余裕教室やアルバイトやボランティアを活用した施策ではなく、児童館の整備や専門的な職員の常勤配置も含めて、より積極的に推進される必要があります。
一体化の懸念と両事業の拡充のため、厚生労働省と文部科学省は調査を行い、2008年度早々に結果が公表される予定です。
そんな中での、「名古屋版放課後プラン」として学童保育とトワイライトスクールを一体もしくは連携したモデル事業の実施を盛り込んだ提言の発表は、今後の名古屋市はもとより愛知県内の学童保育施策に大きな影響がでることが予想されます。

<(4)につづく>

名古屋市学童保育連絡協議会資料より抜粋
| 学童保育の歴史と現状 | 00:29 | comments(0) | trackbacks(0) |
学童保育の歴史と現状(2)
4.学童保育の実態

(1)学童保育はまだまだ足りない― 大規模化と待機児童の増加

2008年5月1日現在、学童保育数は1万7,495か所(全国学童保育連絡協議会調査)となり、入所児童数は78万6,883人になりました。

末子の年齢が6歳の児童の58.6%の母親、7歳〜8歳の児童の64.2%の母親が働いています(厚生労働省「平成17年国民生活基礎調査」より)。児童数にすると約218万人ですが、学童保育に入所している児童数は、その3分の1を超えた程度です。まだまだたくさんの子どもたちが、学童保育以外の場所で放課後や学校休業日を過ごしています。

(2) 大きく立ち後れている条件整備

(1)「生活の場」として貧困な施設が多い
8割を超える公設の学童保育施設でも未だに貧困な施設、設備、環境におかれているのが実態です。最も多い小学校の余裕教室活用は、改修することなく間借り的に利用している場合が多く、ほとんどが1教室分です。児童館内の場合は、学童保育専用室を確保していないところがあります。


(2) 開設時間は延びているが、まだ不十分

(3) まだ多くの公営では小学生低学年までが対象

(4) 過重な保護者の負担

(5) しょうがいのある子どもの入所は増えているものの条件整備は遅れている

(3) 指導員に関わる実態は依然として厳しく、課題は多い

(1) 急増している新しい指導員
指導員も急増しています。2003年実態調査によると、1施設平均入所児童数は39.0人で指導員数は3.47人でしたが、2006年調査では1施設平均入所児童数は43.1人となり、指導員数も大きく増えていることが予想されます(2003年調査では約4万8000人でしたが、2006年調査をもとにした推計では約6万1000人)。新しい指導員の急増と、不安定な身分や厳しい待遇を理由に退職者が多いことにより、5年で半数の指導員が入れ替わっています。

(2) 不十分な指導員体制が増えている
大規模化の進行により、1施設あたりに勤務している指導員数が増え、ほとんどが常時複数配置となっています。しかし、全員が月曜日から土曜日まで勤務する専任体制(常勤)をとっているところは減り、複数の指導員がローテーション勤務となっているところが4割あります。一人体制は減っているものの、児童館事業などとの兼任も増えています。

(3) 不安定な雇用と労働条件の悪化の進行
公営でも民間でも、身分が不安定な非正規職員が増えているのが最近の特徴です。運営形態を問わず不安定な雇用や劣悪な労働条件のもとで働いています。公営の指導員の圧倒的多くが非正規職員(85.5%)であり、勤務年数に応じて収入がアップせず(82.1%)、全体の賃金を引き下げています。(平均年収148.4万円、2005年指導員実態調査より)また、午後から勤務する体制の学童保育が増え(73%)、保育準備に必要な午前中からの勤務が保障されない状況も広がっています。特に、数年で雇い止めにする市町村が増えていることは、各地で指導員の雇用問題とそれに伴う学童保育の生活の質の低下などの深刻な問題を生んでいます。

(4)運営主体の変化



2006年の箇所数調査で初めて指定管理者制度の導入状況を調査し、88市区町村で1125か所の学童保育で導入されていることがわかりました。指定管理者制度に対しては、国と自治体が学童保育の明確な基準を持たないなかで、「保育内容、指導員の労働条件の水準が維持されるのか、保護者の参画がはかられるのか」などの懸念と、「学童保育事業にはそもそも指定管理者制度がなじまず、導入すべきではない」という声が自治体関係者も含めて広がっています。

<(3)につづく>

名古屋市学童保育連絡協議会資料より抜粋
| 学童保育の歴史と現状 | 00:15 | comments(0) | trackbacks(0) |
学童保育の歴史と現状(1)
1.学童保育の設立

◇働く母親:保育所を終えて我が子が小学校入学「さあ、どうしよう。」
→市民が必要に迫られ、つくり・ふやし・制度を求める努力の上につくりあげてきた歴史を持つ。

1947年 児童福祉法の制定
1948年 大阪市の今川学園で学童保育を開始
1949年 児童福祉法39条第2項を追加〜学童保育の必要性を認める〜
1963年 「児童館への国庫補助」を厚生省(当時。以下同じ)が開始
児童福祉法第24条の但し書きにより、保育所対策「カギっ子=非行化」対策として補助をはじめる
1966年 「留守家庭児童会補助事業」を文部省(当時。以下同じ)が開始
(初年度分として5000万円を予算化)
1970年 文部省:「留守家庭児童会育成事業」を「校庭開放事業」に統合し補助金を打ち切る
1976年 厚生省が「都市児童健全育成事業(児童育成クラブ)」を開始
1991年 厚生省が「放課後児童対策事業」を開始
1992年 文部省が月1 回土曜日休みを開始
1993年 「子どもの権利条約」発効
1997年 児童福祉法改正案が4 月12 日に参議院で可決、6 月3 日に衆議院で可決し、成立。学童保育が「放課後児童健全育成事業」として法制化された。(施行は1998年4月1日)
1998年 4月1日に新しい児童福祉法が施行される。学童保育が児童福祉法と社会福祉事業法(現:社会福祉法)にもとづく事業としてスタート(第2 種社会福祉事業の届け出が開始)
2006年 少子化担当大臣より、「地域子ども教室推進事業」と「放課後児童健全育成事業」の放課後対策事業を、一体的あるいは連携して実施してはどうかとの提案を踏まえ、文部科学大臣及び厚生労働大臣の両大臣が合意し、「放課後子どもプラン」を創設
2007年 「放課後子ども教室推進事業」(新規)【文部科学省】68,2 億円
・すべての子どもを対象に、地域の方々の参画を得て、学習やスポーツ・文化活動等の取組を推進
「放課後児童健全育成事業」【厚生労働省】158,5 億円
・保護者が労働等により昼間家庭にいない概ね10 歳未満の児童に、適切な遊び及び生活の場を提供
として、「放課後子どもプラン」が開始


2.学童保育の持つ役割・機能

◇働く保護者を持つ小学生が、継続して毎日を安心して安全に生活する場
◇小学生を持つ保護者が安心して働くことができ、子育てを社会的に行う場


3.学童保育指導員の仕事

◇保育とは保護・愛護・教育
◇生活の場とは人も場所も継続的に当たり前に生活すること

※児童の状況をつかむ
(1)生活をする上で安心感・安定感があり心のより所となる。
「ただいま」と児童が帰り「おかえりなさい」と迎える指導員

(2)毎日の生活を通し、児童を育てる。

<(2)につづく>

名古屋市学童保育連絡協議会資料より抜粋
| 学童保育の歴史と現状 | 23:47 | comments(0) | trackbacks(0) |
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